もうすぐ春、のとある朝

           〜遥かなる君の声 後日談・その3
           なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 


 
現世という次元での“世界”が、魔界の闇に魅いられ、
そもそもの始まり、
混沌から光が生まれて“時”が流れ始めたその原初にもあたろう、
負界の“虚無”という混沌へと呑み込まれようとしていた恐るべき事態。
人ならぬ存在がその全霊を懸けて企み、
幾星層も費やしてコトを運んだという、
いかにも巨大で周到な仕儀が、
正に成就しようとしかかっていたことを、
そんな一大事に危うくも襲われんとしていた、その全容をまで知る者は少ない。

抗えない運命や宿命に翻弄され、関わりを余儀なくされた戦士らや、
若しくは見て見ぬ振りが出来なかった勇者たち。
彼らが…その身のみならず、不安に揺れた心までもを、
惨く酷く打ちすえられつつ、
それでも立ち向かった凄惨な死闘を征したことで、
それらの悪意や危機は撃退一掃されて。
そんな騒動など最初からなかったかのように、
世界を巡る 刻
(とき)も風も、こともなげに回り続けて。


  ―― そんな英雄たちも今はただ、
      ごくごく平凡な日常へと立ち戻り、
      穏やかで、だからこそ幸せな日々を送っているばかり…。





  ◇  ◇  ◇



そんな英雄のうちの一人にして、
凄絶だったあの戦いの中、雌雄を決した立役者をひとり、
こっそり訪ねてみましょうか。

およそこの地上で人が住んでいる大地の中、
最も広大な大陸とされているこの地にあって。
その大半に当たる広範な地域を治める王城キングダムの、
主城が位置する北端とは正反対の南の果て。
随分と鄙びて静かな辺境の地に、
彼らは小さな住まいを構えている。

  ―― 小さな主人に相応しい、
      慎ましくも可愛らしい白い漆喰の小さなお家。

ふわふかなくせっ毛は、
その深色が陽に暖められると何とも甘い色合いが滲んでの愛らしく。
小柄で童顔、小さな背丈には見合った幼い所作もまた稚く。
繊細柔和で、まだちょっと及び腰の直らない、
心優しき小さな和子様。

 「…きゅう〜。」

ああ、いやいや。その子は違います。
その子はスノウハミングといって、
今でこそ のったりしたフォルムのドウナガリクオオトカゲの姿をしておりますが、
それは峻高なアケメネイという聖山の一角、
人も寄らない隠れ里の上空にのみ生息する、伝説の聖鳥の末裔で。
様々に不思議な力を持つ彼は、
清らかな存在に惹かれて懐くその性質から、
心優しき光の和子様へとすっかり懐いてしまっており。

  ―― かつての昔、
      世界が光と闇とに分断されたその折に

新しい世界の発動を見守るようにと、
聖なる存在から任ぜられ託された“陽白の一族”が、
負界の邪との戦いを経た結果、哀しき鬼と化した“炎獄の民”を一掃するおり、
『世の浄化が必要となった折には生まれよう』と言い置いた、
世界中の光を統べる存在、陽白の力による浄化の象徴“光の公主”。

  ―― それがこの、

もろそうなくらいに いとけない寝顔を、柔らかな枕へ半分ほど埋めて。
すいよすいよと無心に眠り続ける、瀬那という少年であり。
神格という絶対の存在、
ともすれば傲然としていて何物にも揺るがない覇者…ではなく。
むしろ、それはそれは繊細な身であったがために、
心優しいその反面、どこか儚げでか弱いばかりだった彼もまた、
先の騒動に否応無く巻き込まれ。
か細いその身のみならず、繊細で感じやすい心にまで、
鋭い刃で切り裂かれるよな打撃を…耐えがたい痛みを数々と受けたが。

  ――それでも

大切な人を護るため、そして、大切な人たちからの支えに応じるため。
少しずつ少しずつ、
向かい風に顔を向け続けられるまでの強さを身につけ、
辛いことから眸を逸らさない、痛さから逃げない覚悟を身につけ。
雄々しき信念に根付いた本当の優しさを身につけたその末に、
闇の眷属、暗黒の太守を葬り去った、史上最大の決戦を征した立役者。

  ……なのですが。

やわらかな朝の陽がふんわり滲む寝間の中、
ふかふかした厚みのある、だが素材がいいのか軽やかそうな寝具に、
その寸の足らない…もとえ、小さく可憐な総身をくるまれて。
冬眠中の仔熊か仔リスのように、稚くもまろやかな寝顔を、
掛け布の端っこ、隙間のようなところから、ちょこり覗かせている男の子。
まろやかにも蕩けそうな、愛らしいばかりな寝顔だけを見ていると、
こんな かあいらしい子がどうやって、そうまで壮絶な戦いとやらを征したんだか、
ただ想像するだけでも難しいところなのですが。
(苦笑)
そこいらの詳細をまだ御存知ではない方は、
正味1週間の日々を2年もかかった本編を(こらこら、身も蓋もない)
どうかどうかお読み下さいませvv

 「…きゅう〜。」

そんなとんでもない肩書きが、
透かし見ることさえ出来ないくらいに愛らしい。
それでいいのか問題はないのかと、ふと思わんでもないお姿と、
ついでに日頃の言動もそっちへこそ合致するだろう、
極めて大人しくも控えめな存在の、
心優しく可憐な救世主様の懐ろにいたカメちゃんだったが、

 「きゅう?」

今朝は何だか訝
(おか)しいなと気がついた。
春の到来に合わせ、夜明けがぐんぐんと早まっている今日この頃。
お部屋の中までこんなに明るくなっているのに、
全くの全然、目を覚まさない公主様なのは…何だか変だ。
それはそれは働き者で、
朝日と競争するよに早起きすると、まずはと畑へ足を運ぶ。
それから、朝一番の荷を乗せて、一番近い町の市場まで出掛ける若い衆へ、
春の香をのせた収穫を持ってってもらうのが日課の最初。
ここまで明るくなっても起き出さない日は滅多になくて、

 「きゅ〜〜〜。」

ゆぅっくりとした仕草で“うにゅ?”と小首を傾げてから、
パチパチまばたきすること、数回。
そのまままぶたを閉じると、いきなりポンと柔らかい湯気が立ち、
トカゲさんが居た辺り、あっと言う間に別の影が現れている。
ふさふさでやわやわな、細い質の毛並みも手触りのよさげな、
子供の両手に乗っかるほどの、手鞠のような大きさの、
お耳の垂れた、キャバリエだろうか小さな仔犬。

 「きゅうぅうん。」

傍らに眠るお人のあちこちを、落ち着きなくキュンキュンと嗅ぎ回り、
すべらかな頬をペロリと舐めて…おややぁ?と首を傾げると、
どしよどしよと周囲を見回しての、それからそれから。
どこか不安げになりつつも、ベッドの上から身軽にぴょいと飛び降りて、
後ろ髪を引かれてか、何度も何度も振り向きながらも、
板張りの床を、爪をちゃかちゃか鳴らしつつ駆けて駆けて。
寝室から飛び出すとお鼻を宙に立て、嗅ぎ取った匂いに向けて たかたか小走り、
辿り着いたは農具を収めている小屋の入り口。
一人で作業に出ていたらしい、
和子様の同居人にして王城キングダムが誇る最強の白い騎士様へ目がけ、
一目散に駆けてゆく。

 「?」
 「きゃうっ!」

何せ、頼もしい騎士様で。
今でこそ…何度も洗えて丈夫だからと汚れることへ遠慮の要らない、
いかにも農作に都合がいいことをのみ優先させた、
そんな質素ないで立ちをなさっておいでだが。
屈強な四肢は機敏に動いて剣を振るい、
鋭くも重厚な気魄をみなぎらせた深色の視線は、
どんな魔物をも震え上がらせるほど強靭で。
先の戦いでは思わぬ立場に搦め捕られてしまったものの、
後段には無くてはならぬ必殺の刃を振るった、
陽白の陣営における最強の剣士様。
融通が利かないほど実直誠実、
なのに…セナ様へだけはその優しさや暖かさが通じて余りある、
そんな御仁と知っているカメちゃんとしては。
上背のある彼へ、まずはこの意を届かせねばと思ったか、

 「〜〜〜。」

その足元へ近づいて、前脚を揃えてちょこり座ると、
愛らしい眸を閉じ、う〜んと何か念じ始める。
すると、
またまたポンと柔らかい湯気が立ち、
愛らしい仔犬が居た辺りに、あっと言う間にまた別の影が現れており。

 「…。」

その身は仔犬よりもずんと背丈もあって、
無地のパジャマを着込んだ、他でもない人間の少年の姿。
何より騎士様には視線の外せぬ大切な御方。
そう、さっきまで、いやさ今だって寝間においでの筈なセナ様に、
お顔から体つきから、何から何まで瓜二つの男の子ではないかいな。

 「カメ?」

とはいえ、ここまでの経過を見たから…というより、
最初からこの姿で現れていたとしても、きっちり見分けのつく騎士様なので、
特に驚きも見せぬまま、一体どうしたと何度か瞬いて見せたところが、

 「〜〜〜。」

人に姿は似せられても、いかんせん、口は利けないカメちゃんなので。
ここからは手振り身振りでの伝令を務める。
この恰好になってもまだまだ身長差のある騎士様の懐ろへ近づいて、
すがりつくよに二の腕を掴み。
こっちを見ててと真摯な眼差しで見上げてから。

 「…っ、…っ。」

セナ様と同んなじ白いお手々をぐうに握って、
小さな拳をつくるとそれを口元へと持ってゆき、
うんうんと小刻みに頷くような素振りを何度かして見せれば。

 「…っ。」

おおう、それだけで通じましたか。
はっとして切れ長の瞳をわずかほど見開いた騎士様、
お片付けもそこそこに、カメちゃんが変身したセナ様もどきの肩へと手を置く。
すると、それが合図でもあったものか、

 「きゅうっ。」

その姿でその鳴き声はなかろうが、聞きようによっては可憐でかわいい、
そんな一声と共に、くるりと踵を返して駆け出したセナ様。
パタパタ駆けてく背中を追えば、
さして広くは無いお家なので、あっと言う間に寝間へと到着。

 「…セナ様?」

相変わらずに すいよすいよと穏やかに寝ておいでに見えるだけだが。
試しにと大きな手のひら額へすべらせれば、

 「…っ。」

眠りからのそれよりも、ほんのりと高い温みが伝わってくる。
おおそうか、微熱があったので今朝は起きて来られなかったのかと、
やっと合点がいったらしい騎士様のその手元へ、

 「にゃう。」

いつの間にやら、寝台へぴょいと飛び乗っていたのは小さな仔猫。
そういやセナ様もどきは途中から姿を消しており、
あまり毛足が長すぎない種の真っ白な仔猫、
勝手知ったる何とやら、
きっとさっきまで其処にいたのだろうセナ様の懐ろへ、
するするっともぐり込んでの、今度は湯たんぽ代わりになって差し上げるらしく。

 「…頼む。」

自分はこれから、パンとミルクで乳粥を作って差し上げるから。
確か、熱さましは釣り戸棚にしまっていたな、
毛布も重ねた方がいいのかな。
そういう段取り、分厚い胸の裡
(うち)にて算段しつつ、
その間の御主を頼むなと、小さな騎士の頭を撫でてやる進さんへ。

 「にゃうvv」

判りましたというお返事だろう、健気に返した愛らしき仔猫。
セナ様、セナ様、
お元気になったら、進さんとボクとを褒めてねと、
小さな頭をうにうに、甘い匂いのする懐ろへ擦りつける、
小さなカメちゃんだったりするのでありました。




  〜Fine〜  08.3.10.〜3.12.


  *途中でデータを全消ししてしまい、
   ぎゃあと叫んでののち、ちょっと不貞腐れておりましたが。

    記憶を消して無かったことにしたとしても、
    それが真実真っ当な想いなら、
    形を変えてでもきっと再び辿り着ける…と、

   別のお話、お約束の記憶操作の場面のおりに、
   作中人物に言わせた覚えがあった筆者だったので。
   気を取り直しての頑張って、何とか書き直しました。
   いえ、そんなまで大層なことじゃあないんですがね。
(苦笑)

  *それにしても、
   進さんとカメちゃんは、いつの間にか
   こんな“以心伝心”がこなせるようになってたらしいです。
   セナ様は御存知なんでしょうか。
   二人だけズルイ〜〜っと妬かれてないですか?
(笑)

ご感想など**

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